
ホームスクーリングは、近年世界各地で関心を集めている教育形態ですが、その評価や制度的位置づけについては国ごとに大きな差があります。UNESCOが2025年に公表した 「Homeschooling through a Human Rights Lens」 は、こうした断片的な議論を超え、ホームスクーリングを初めて体系的に国際人権法の視点から整理した報告書です。本報告書の特徴は、ホームスクーリングを推奨することでも否定することでもなく、「教育を受ける権利」という普遍的原則の中で、その位置づけを冷静に再定義しようとしている点にあります。
この報告書は、ホームスクーリングが国際人権の議論において十分に検討されてこなかった現象であることを明確に指摘しています。報告書では、ホームスクーリングは “an under-examined phenomenon in international human rights discourse” と表現され、教育の権利をめぐる国際的枠組みの中で、長らく正面から扱われてこなかった存在であったと位置づけられています(P3)。国際条約や宣言の多くは教育の権利を保障してきましたが、その議論の中心は一貫して学校制度であり、家庭を基盤とする教育は制度の外縁に置かれてきました。
UNESCOがここで強調するのは「教育を受ける権利は学校に通う権利と同義ではない」という点です。報告書は教育の権利を “not merely access to schooling, but access to meaningful learning opportunities” と定義し、重要なのは学習の場そのものではなく、子どもにとって意味のある学びが保障されているかどうかであると述べています( P6)。
この考え方に立てば、ホームスクーリングは形式的に排除される存在ではなく検討の対象として正面から向き合うべき教育形態となります。
その前提のもとで、報告書はホームスクーリングの定義を整理します。UNESCOはホームスクーリングを “parent-directed, home-based education that takes place outside formal schooling systems” と定義しています(P8)。ここで重要なのは、親または保護者が教育の主導的役割を担い、家庭を主要な学習拠点としつつ、国家の正規学校制度の外で教育が行われている点です。ただし、それは家庭内に閉じた教育を意味するものではなく、地域コミュニティ、公共施設、オンライン教材、学習グループなどの活用も含み得るものとして説明されています。
次に報告書が重点的に論じるのが、「質の高い教育」とは何かという問題です。UNESCOはここで、国連人権機関が示してきた「4Aフレームワーク」を参照します。教育は利用可能であり、誰もがアクセスでき、内容として受容可能であり、学習者の状況に適応できるものでなければならないという考え方です。報告書は、この基準について “These standards apply to all forms of education, including homeschooling.” と明言し、ホームスクーリングも例外ではないとしています(P15)。家庭で行われているという理由だけで、教育の質や内容が社会的な検証の対象外になるわけではないという立場がここで明確に示されています。
この点で報告書は、ホームスクーリングを無条件に肯定する立場を取っていません。同時に、国家が教育の質を確保する名目で過度に介入することにも慎重な姿勢を示しています。その際に重要になるのが、親の教育選択の自由と、子どもの権利との関係です。報告書は、子どもを “independent rights holders” と表現し、親とは別個の独立した権利主体として明確に位置づけています(P22)。教育は親の価値観や信念を実現するための手段ではなく、子ども自身の将来、人格形成、社会参加のために存在するものであるという考え方が、報告書全体を貫いています。
この視点から、報告書は各国におけるホームスクーリング制度の多様性を整理します。届出制のみで実施できる国もあれば、定期的な評価や家庭訪問を義務づける国もあります。またドイツのように学校教育を社会統合の基盤と位置づけ、原則としてホームスクーリングを認めていない国も存在します。UNESCOはこれらの違いについて “There is no single model that fits all contexts.” と述べ、単一の制度モデルを国際的に当てはめることの限界を指摘しています(P31)。
ここで重要な論点となるのが国家による監督のあり方です。国家にはすべての子どもに対して教育の権利を保障する義務がありますが、その監督が過度に介入的になれば親の自由や文化的・宗教的多様性を侵害する可能性があります。報告書はこの点について “Oversight should aim at safeguarding children’s rights, not controlling families.” と述べ、監督の目的は家族を統制することではなく子どもの権利を守ることにあると明確にしています(P38)。
また、ホームスクーリングを巡る議論で頻繁に取り上げられる社会性の問題についても、UNESCOは単純な二分論を避けています。学校は異なる背景を持つ他者と出会う場として重要な役割を果たしてきましたが、学校に通っていること自体が社会性の獲得を保証するわけではありません。報告書は “Socialization is not exclusive to school environments.” と述べ、社会的学習は学校外でも起こり得ることを認めています(P44)。同時に、ホームスクーリングにおいて社会的孤立のリスクが生じ得ることも否定せず、その補完策を政策的課題として提示しています。
最終的に Homeschooling through a Human Rights Lens が示しているのは、ホームスクーリングを例外的な逸脱として扱うのではなく、教育の多様化という現実の中で冷静に位置づけ直す必要性です。報告書はこれを “a shared framework for dialogue grounded in human rights” と表現し、人権という共通言語のもとで各国が議論するための基盤を提供しようとしています(P49)。それは、ホームスクーリングをめぐる賛否を決着させるための文書ではなく、教育とは誰のためのものなのか、子どもの権利とは何かという根本的な問いを共有するための出発点としての提案だと言えるでしょう。
(EDICURIA編集部)
