ホームスクールとは何か─日本や世界で増加する「家庭から始まる学び」

ホームスクールとは_日本や世界で増加する家庭から始まる学び
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近年「ホームスクール」という言葉を耳にする機会が増えています。かつては教育の周辺にある特殊な教育形態として扱われがちでしたが、現在では学校以外の学びを求める家庭が着実に増えており、その言葉の意味も変化しつつあります。

ホームスクールという言葉を耳にする機会が増えた背景には、不登校の増加や学校文化とのミスマッチなどネガティブ要因だけでなく、オンライン教育やAIツールの発展、そして「学びとは何か」という価値観そのものの揺らぎがあります。教育は学校だけが担うものではなく、もっと自由で、もっと個別的であってもよいのではないか──そんな意識が静かに広がっています。

ホームスクールとは、保護者が中心となり、家庭を拠点に子どもの学びを組み立てていく教育スタイルです。ただし、これは学校の授業をそのまま家庭へ移すという意味ではありません。午前はオンライン教材で基礎学力を育て、午後は自由研究や自然体験、創作活動に取り組む家庭もあります。子どもの興味関心を軸に、時間割を設けず生活そのものを学びにつなげる家庭もあります。つまりホームスクールとは「家庭教育」ではなく、「家庭を中心に学びをデザインする教育」と言った方が近いかもしれません。家庭に移った瞬間、学びは学校とはまったく違う柔軟性と自由度を持ち始めます。

一方で、日本の中でのホームスクールの位置づけには大きな特徴があります。義務教育法では保護者に「就学義務」が課されているため、学校に通わず家庭だけで教育を行うスタイルは、制度として明確に認められているわけではありません。実際にホームスクール的な学びをしている家庭の子どもたちの多くは、行政上では“長期欠席”や“不登校”として扱われます。しかもこの扱いは自治体によって大きく異なり、柔軟に寄り添う地域もあれば、学校復帰を強く促す地域もあります。制度は整っていないのに、実態としてはホームスクールの家庭が増えているという、世界的に見ても珍しい状況が生まれているのです。

それでも日本でホームスクールが徐々に注目され始めているのは、子どもたちの生きづらさ、そして家庭が担う学びの役割が再評価されているという事実があるからです。文部科学省の調査では、不登校児童生徒数はついに36万人を超えました。この数字は学校に行けない子どもが増えているだけでなく、学校以外の学びを求める家庭が増えていることも同時に示しています。制度が整う前に現場のニーズが先に動き始めていると言える状況です。

世界各国で差があるホームスクールと法制度

では、世界に目を向けるとどうでしょうか。日本では「不登校と関わりがある教育スタイル」と見られがちですが、海外ではまったく別の位置づけを持っています。ホームスクールは「前向きな教育選択」として扱われ、制度にも文化にも深く根付いている国が多いのです。

米国では1960〜70年代にホームスクールはが大きく広がりました。ジョン・ホルトが提唱した「アンスクーリング」の思想は、学校を中心とした教育の常識を揺さぶり、子どもの興味を軸にした自由な学びを推進しました。宗教的信念を理由に公教育を避けたい家庭も加わり、1990年代には全50州で合法化が進みました。現在では300万人規模のホームスクール人口が存在し、大学進学のルートも豊富に揃っています。家庭で学ぶことが特別な選択ではなく、普通の教育スタイルのひとつとして社会に浸透しているのです。

英国でも「教育を受けさせる義務」はありますが、家庭での学びを選ぶ「EHE」(Elective Home Education)は法律で認められており、家庭が主体となってカリキュラムを組むことも一般的です。学びの形を家庭が選ぶことが自然と受け入れられており、日本とは根本的な文化の差を感じます。

フィンランドでは、ホームスクールは制度の延長線上にある選択肢として位置づけられています。年に一度の達成度チェックはありますが、家庭での学びが特別扱いされるわけではありません。学びの質をどう担保するかという議論が国全体で共有されているため、家庭教育も自然に受け入れられています。

反対にオランダのように、ホームスクールが事実上認められていない国もあります。歴史的に学校が社会の統合装置として強く位置づけられてきた背景があり、宗教的な特例を除けば家庭だけで教育を行うことはできません。制度が文化と価値観の反映であるということを象徴する事例と言えるでしょう。

アジアに目を向けると、台湾では1999年代からホームスクールが合法化されました。現在、2014年に制定された「高等中等教育以下の非学校方式実験教育法」(非学校法)でホームスクールが制度的に位置づけられています。オンライン学習やコミュニティも発達し、多様な学びが広がりつつあります。韓国も制度としては明確ではありませんが、オンライン学習の普及を背景に実践者が増えており、日本と似た動きを見せています。

世界を見渡すと、ホームスクールは不登校と混同されるものではなく、子どもに合った学び方を選ぶための前向きな教育選択であることがはっきりと分かります。日本では制度への不安や文化的背景から不登校と近い文脈で語られがちですが、ホームスクール本来の姿はもっと自由で、創造的で、多様な教育スタイルなのです。

日本の現場で変わりつつあるホームスクールへのニーズ

ホームスクールの実践スタイルも多岐にわたります。アンスクーリングのように子どもの興味を中心に学びを展開する方法、モンテッソーリ教育の考え方を家庭で取り入れる方法、自宅学習とオンラインスクールを組み合わせるハイブリッド型、週数回だけ学校に通い残りを家庭で学ぶ併用型など、家庭の数だけスタイルがあります。

では、日本ではなぜホームスクールが制度化されにくいのでしょうか。その理由のひとつには、歴史的に学校中心の教育観が強かったことがあります。明治以降、学校は近代国家の形成を支える重要な機能を担い、「学校が教育の中心である」という価値観が広く浸透しました。そのため、家庭教育は学校教育を補うものとされ、家庭だけで教育を完結させるという発想は受け入れられにくかったのです。

行政の視点から見ると、家庭教育の質をどのように保証するかという課題もあります。海外では「学びの質は多様な方法で担保できる」という価値観が広く受け入れられていますが、日本では学校が教育の質を保証する役割を担ってきたため、制度化には慎重さが求められます。

とはいえ、現場はすでに変わり始めています。オンライン教材、AI学習ツール、フリースクール、地域コミュニティなど、学校以外の選択肢が増え、家庭が学びをつくりやすい環境が整いつつあります。制度よりも先に、現場のリアリティが新しい教育の方向へ動き出しているのです。

(EDICURIA編集部)