
子どもの行動に悩んだとき、私たちはつい「どう対応するのが正解か」を探してしまいます。しかし、正解を求めるほどかえって目の前の子どもが見えにくくなることもあります。
本記事では、子どもの状態を捉え直すためのヒントとして、①発達段階(時間の視点)、②環境・関係性(周囲との相互作用)、③親の認知の歪み(ものの見え方)という3つの視点を紹介します。この3つの視点を行き来しながら子どもを見つめると、これまでと違った姿が見えてくる――そんな見方を支えてくれる心理学の入門書を、3冊取り上げます。
子どもの気持ちがわからないと感じるとき、その戸惑いは、見方を少し変えてみる合図なのかもしれません。これらの本は、そんなときの一助にきっとなってくれるでしょう。
子どもの状態を捉えるための3つの視点
子どもの行動や態度に悩んだとき、私たちはつい「原因は何か」「どう直せばいいか」と考えがちです。しかし、子どもの行動・結果や子どもの性格(特性)だけに目を向けていると、見誤ってしまうことも少なくありません。ここで紹介したいのが、次の3つの視点です。
1つ目は「発達段階」という視点です。子どもは年齢や成長段階ごとに、取り組んでいる心の課題があります。今見えている姿が、その段階では自然なものである可能性もあります。そして、私たち大人も発達途中であることを改めて意識しておく必要があるでしょう。子どもの成長を長い時間軸で捉えることができます。
2つ目は「環境」、とくに周囲の大人の態度です。子どもは、言葉だけでなく、人との関係性の中で自分のあり方を形づくっていきます。大人の関わり方が変わることで、子どもの反応が変化することもあります。子どもの行動は、あくまでも周りとの相互作用の中で現れます。
3つ目は「親の認知の偏り(認知バイアス)」です。私たちは現実をそのまま見ているつもりでも、無意識の思い込みや期待、過去の経験を通して子どもを見ています。その「認知の偏り」は、子どもが知って欲しい気持ちや状況を正しく捉えるハードルとなり得ます。
これら3つの視点を、常に考える必要はありません。行き来しながら眺めることで、だんだんと子どもの姿が立体的に見えてくるはずです。
発達段階から子どもを見る――佐々木正美『子どもの心がみえてくる エリクソンに学ぶ』
著者の佐々木正美先生は児童青年精神医学を専門とされています。著書のなかでも「子どもへのまなざし」はベストセラーで、1998年の刊行から現在まで長く愛されている名著です。「子どもへのまなざし」では、子どもの成長には「時期」があること、それぞれの時期の特徴を理解し対応していくことの大切さを、具体的なエピソードと共に語られています。
一方で、今回ご紹介する「子どもの心が見えてくるーエリクソンに学ぶ」では、より具体的に心理学の理論である「エリクソンのライフサイクル理論」を佐々木先生の言葉で解説しています。ライフサイクル理論では、一生を8つの発達段階に分けることが特徴です。人は一生をかけて発達する、だから子どもの成長も長期的な時間軸で考えてみることが重要なのです。ライフサイクル理論で特に大事なのは、その発達に「飛び級」はないことです。この理論は、多くの子育て本の基本理論として採用されているため、知っておくと理解を後押ししてくれるでしょう。
この本は、佐々木先生の2000年7月に行われた講義をもとに、ライフサイクル理論の解説とその理論を元に理論を社会の課題を解釈した内容が盛り込まれています。講義形式のため、言葉も平易で大変読みやすい一冊です。また、エリクソンが語った言葉や、佐々木先生の臨床経験を織り交ぜて理論を解説しているので、理論が机上のものではなく、身近なものとして感じられると思います。
また、「子どもへのまなざし」とあわせて読むことで、理論として理解した発達段階が、日々の関わりの中でどのような意味をもつのかが、より具体的にわかるでしょう。
環境と関係性が変化を生む――河合隼雄「カウンセリングの実際問題」
次にご紹介するのは、河合隼雄先生の「カウンセリングの実際問題」です。
こちらも講義をもとにした本で、語りかけるような文体のため、すっと頭に入りやすいです。著者の河合先生は、臨床心理学を専門としており、日本の臨床心理やカウンセリングのあり方を切
り開いてきた存在です。本書では、カウンセリングの過程と、現場で起こるさまざまな事例が紹介され、カウンセリングの定義、過程、よくある誤解、カウンセラーの態度等、カウンセリングの概要が把握できる一冊になっています。
五章では一つの事例を取り上げて、丁寧に状況をときほぐしています。この事例の中で、クライエントと、家族や河合先生との関係が解説されます。クライエントを中心とした人間関係、つまり「環境」が変化することで、本人との相互作用が生まれ、状況が転じていく様子が見て取れます。
こうした事例に対峙する上で、河合先生は、カウンセリングには「二律背反性」があると強調します。つまり、異なる理論もどちらも正しく、時と場合により選択する必要があるということです。これは、カウンセリングにかかわらず、日常生活においても同じではないでしょうか。親は状況に合わせて柔軟性のある対応が求められます。そのためには目の前にいる人と向き合うことが本質であると、本書は思い出させてくれます。人と向き合うということは、「これ」といった正解がない中で、その都度、どの選択を自分が引き受けるか、考え続けることなのではないか――そんな風に思わせてくれます。
そして、人との向き合い方の一助として、カウンセラーの対応は大いに参考になります。子どもが黙り込んだり、反発したりするとき、私たちはつい言葉を重ねてしまいがちです。しかし、関係性そのものを見直すことで、子どもの反応が変わることもある。本書からは、「何をするか」以前に、「どのような態度でそばにいるか」を問い直すきっかけを与えてくれます。
カウンセリングに縁がある人にもない人にも、おすすめしたい本です。
親の認知の歪みに気づく――今井むつみ「人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学」
最後にご紹介するのは、今井むつみ先生の「人生の大問題と正しく向き合うための認知心理学」です。
今井先生は、慶應義塾大学SFCで教鞭を取られていました(2025年3月ご退職)。一般教養科目である「認知心理学」の最終講義をベースに本著が執筆されています。専門は認知科学、特に認知心理学、発達心理学、言語心理学を専門とされています。言語習得・学習のメカニズムに関する著書も多く、目にされている方もいるのではないでしょうか。
さて、本著の前提となるのは、「人は現実をそのまま見ているわけではない」という事実です。いわゆる認知バイアスです。こうした認知の特性を知っておくことが、他者を尊重しながらよりよく生きていくことにつながる、と今井先生は語ります。
2025年初版発行の本書は、AI時代という、これまでの経験則がそのまま通用しない時代背景の中で、人がどのように考え、判断していくべきかを問い直しています。例えば、親世代が子どもの頃にはなかった「AI」のように、経験してこなかったことを、伝えていく場面があるとします。この時に求められるのは、「考えること」「推論すること」です。本著では、人間の特性を解説しながら、人間ならではの推論がどのようなものか、提起し、これからの時代を生きる糧となるヒントをくれます。
そして、本著では、経験に基づく認知バイアスの他に、人間は案外論理的に考えられていないことなど、わかりやすい例を用いながら、認知心理学の基本を学ぶことができます。認知バイアスは、親が子どもを理解する時にも発生します。その前提で、子どもに改めて目を向けてみましょう。親の判断を挟まずに、気持ちや行動までの経緯を子どもに確認してみましょう。気が付かなかったことが見えてくるかもしれません。
今井先生の著書は、学びに関する物も多くありますので、ぜひ気になるものを手に取ってみてください。
正解を探すより、視点を増やす
子どもを理解する近道は、万能な対応策を見つけることではありません。発達段階という時間の流れ、環境や関係性のあり方、そして親自身の認知の歪み。この3つの視点を意識して、目の前の子どもを観察し、自分なりの考えを繰り返し見直していくことが大切なのではないでしょうか。
人と人との関係には、誰にとっても「これが正解」と言い切れる答えはありません。専門家であっても同じです。だからこそ私たちにできるのは、その都度、選択をし結果を受け止める決心をすることだけなのだと思います。
今回紹介した3冊は、正解を教えてくれる本ではありません。その代わりに、考え続けるための見方と土台を与えてくれる本です。正解探しに疲れたとき、少し立ち止まり、見方そのものを増やしてみる。そのきっかけとして、これらの本が手元にあれば幸いです。
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- 佐藤けいこ
会社員として働きながら、二児の母として子育て中。大学では生活科学(生理学領域)を学び、現在は通信制大学で心理学を専攻。2025年夏に卒業予定。自身の不調や子どもの行き渋りをきっかけに、「支援と家庭のつながり」に関心を持ち、家庭での関わりと心理学の理論をつなげる実践と探究を重ねている。理論と実体験の両面から、子育てや学びについて考える記事を発信している。
