
フランスにおけるホームスクールをめぐる状況は、ここ数年で大きく変化しました。以前のフランスでは、家庭で教育を行う場合、行政への届出を行えば原則として認められていました。国は定期的に学習状況を確認するものの、家庭が教育方法を選ぶ余地は比較的広く残されていたのです。しかし2021年以降、その位置づけは大きく転換し、現在では「法律上は可能だが、実際には選びにくい制度」へと変わっています。
この転換のきっかけとなったのが、2021年8月24日に成立した「共和国の諸原則を尊重するための法律」です。この法律は、一般的に「分離主義対策法(仏:Loi séparatisme)」とも呼ばれ、宗教的な過激化や社会の分断を防ぐことを目的としており、教育を「共和国の価値を共有し、社会を一体に保つための重要な仕組み」として位置づけ直しました。その流れの中で、ホームスクールは個人の自由な選択というよりも、「特別な事情がある場合にのみ認められる例外的な教育方法」として扱われるようになりました。
法改正以降、ホームスクールを行うには事前に行政の許可を得る必要があります。許可が認められる理由は「健康上の問題」「集中的な芸術やスポーツ活動」「家庭が頻繁に移動する事情」「子ども本人の特別な事情」の4つに限られています。
制度だけを見ると一定の幅があるように見えますが、2022年以降の実際の運用では、申請が認められない例が数多く報告されています。特に「子ども本人の事情」を理由とする申請は、「まず学校で対応すべきだ」と判断され、却下されることが少なくありません。
こうした制度の影響は、実際にホームスクールを選択してきた家庭の声からも見えてきます。例えば、フランスに住むある家族は、長年家庭で教育を行ってきたにもかかわらず、法改正後に許可を拒否されました。この家庭は、子どもがバイリンガル環境で育ち、個別の学習計画と課外活動を組み合わせた教育を行ってきたことを説明しました。しかし行政側は、それを「特別な事情」として認めませんでした。家族は何が基準として求められているのかが明確に示されないまま却下されたと訴えており、裁判にまで発展しています。
同事例は、制度上は認められているはずの例外が、実際にはほとんど機能していない現実を示しています。家庭側は、子どもの学習面や心のケアを重視した教育を行ってきたと説明していますが、行政の判断は「学校に通うことが原則」という立場を崩しませんでした。その結果、家庭は教育方針を変えるか、法的に争うかという厳しい選択を迫られています。
ま
た、フランス国内の家庭教育を支援する団体に所属する保護者たちも、制度変更に対して強い不安を示してきました。法改正が検討されていた当時、複数の家庭がメディア取材に対し、学校教育では子どもの学習スタイルや精神的な負担に対応できなかったためホームスクールを選んできたと語っています。ある保護者は、「ホームスクールは子どもを社会から切り離すためのものではなく、子ども一人ひとりに合った学びを取り戻すための選択だった」と述べています。
こうした証言からは、フランス政府が重視する「社会としてのまとまり」と、家庭が求める「子どもに合わせた教育」との間にある緊張関係が浮かび上がります。フランスでは、教育は市民としての価値観を共有するための公共の場と考えられてきました。そのため、家庭の中で完結する教育に対して、国が慎重になる土壌があります。
政府は一貫して、今回の制度変更はホームスクールを全面的に禁止するものではないと説明しています。しかし現実には、宗教的理由に限らず、不登校や心のケアを必要とする子どもにとっても、家庭教育という選択肢が事実上使いにくくなっています。この点については、子どもにとって本当に最善の選択なのかという疑問が、人権団体や研究者から投げかけられています。
一方で、国の立場にも理由があります。国にはすべての子どもに一定の教育水準を保障する責任があり、家庭教育が広がりすぎると学習の質や社会とのつながりをどう保つかが難しくなるという懸念があるからです。フランスは、教育を個人の問題としてではなく、社会全体の問題として扱う道を選んだと言えるでしょう。
その結果、現在のフランスでは、ホームスクールは制度としては残っているものの、多くの家庭にとって現実的な選択肢とは言いにくくなっています。形の上では認められていても許可のハードルが高く、実際には学校に通う以外の道がほとんど残されていないのが現状です。
この数年のフランスの動きは、ホームスクールをめぐる国際的な議論の中でも特徴的です。米国など自由と規制の対立が前面に出る国とも、制度が追いついていない日本などの国とも異なり、フランスは国家が主導して教育の統一性と社会のまとまりを重視するモデルを選びました。その選択が、子どもの権利や多様な学び方にどのような影響を与えるのかは、今後も注意深く見ていく必要があります。
